【書評】ホリエモン著書”捨て本”内容・感想レビュー!

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【書評】ホリエモン著書”捨て本”内容・感想レビュー!

私は物持ちが悪く、そのくせ物に執着は無いタイプであるというのに、物を沢山購入してしまう。この世に欲しい物は限りなくあって、あれもこれも欲しい。そんな欲は永遠に尽きない。

別に悪くはない。やりたい事は尽きないというのは常に幸せに歩んでいるという事だし、それを得た時に感じる幸福感は何にも代えがたいものだと思う。問題はそれが本当に必要なものなのか?を考えずに購入しているという事にある。

そんな生き方について、今回のこの”捨て本”にはとても考えさせられた。私には捨てるものが多すぎる。大阪に上京するときも果たして新生活に必要なモノなのか?と言うものを幾つか岡山から持参している。それは今も箱に眠ったままで日の目を浴びる事は無い。

どうして持って来たんだろう?

私は未だ、そんなものに囲まれている。

捨て本の”感想”レビュー!

この本は文字通り、私達が生活の上で築いた”不必要なもの”を捨てる為に活用される本です。だからホリエモンが思う要らないモノが並べられ、その為に必要な考え方や捨て方が述べられている。

豊かに生きるためにはモノや他人への執着を捨て、今を生きる事

他人を気にせず、自分の気持ちに従う事

ケチにならず分け与える事

これらを持ち続けると矛盾と軋轢を生むと本書では語る。では捨てる為にはどうするか?

それは本音で生きる事だという。

「本当に必要か?」「辛い仕事に耐えていて報われる時期はくるのか?」「本当にやりたい事は何か?」「それは”誰かの常識”に生きていないか?」

私達は生きていく上で楽をするために苦労を選択している。どう考えてもそれは本末転倒の発想では無いだろうか?

「好きな人がいない。出会えない」 ⇒ 好きだと思った人にアプローチしていない。出会う為に居場所を変えた事は無い。

「やりたい事がない。働きたくない」 ⇒ 沢山の趣味を実践してない。色んな仕事に就いてない。

今居る場所が人生の終着点ならば、どうして納得してないのだろう。私達は言い訳ばかり得意になって、全てを環境や関係のせいにする。

私はそれが嫌だからこそ、実家を飛び出しました。

ホリエモンが実家を飛び出してから彼の祖母が認知症になりました。原因はもしかしたら孫がいなくなった寂しさにあるかもしれません。しかし、そこで留まっても彼は幸せにはなれませんでした。彼に後悔はありません。

私は祖母が亡くなる前まで一緒に過ごしていました。祖母は認知症にはならず、生涯を全うしました。私もホリエモンとは異なりますが、28歳まで家に残っていた選択に後悔はありません。

早々に家を飛び出していたら、今の考え方に出会っていなかったのだから。

大事なのは”好きに生きる事”にあります。皆が皆、YouTuberになれば良い訳ではありません。華やかな職につければいい訳ではありません。

今の中で負担の無い人生を歩む事。謳歌する事が大事なのである。と、

改めてこの”捨て本”は教えてくれました。

それとは別に、一つだけ意見したい事がある。

ホリエモンは非情な人間なんだなぁ…。

私がこの本を読んだ時、湧いてきた感情はそう答えを出した。それは少なからず怒気を含んでいてどうにか「それは違うよ!」と否定したくなる自分が居た。

私は思っていたよりも”捨てられない性質”を抱いていたらしい。

本書の中でホリエモンはインタビュアーに、「子供に会いたくありませんか?」と質問され「まったく思いません」と答えている。

※20代にできちゃった結婚し、2年続いた後に離婚。先延ばした結婚式の三か月後の出来事だったという。

世間には「愛がありませんね」と言われるそうだ。本人は養育費を払っているし「愛が無い訳では無いと」書いているが、世間同様、私も「愛が無いな…」とそう思ってしまった。

寂しい気持ちはある。しかし、家族は”捨てるフォルダ”に入れて良い存在だと彼は語る。

ホリエモンは生涯添い遂げる相手を否定してはいない。しかし男女関係なく、好きな人と自由に恋愛し子供をつくれば良いとそう話している。一対一でしか家庭を築けない社会のシステムに苦言を呈しているという訳だ。

私から言わせればそれは浮気を良しとする者の意見だと思った。それに伴う”傷を負った人に対する責任”を感じないのか?とそういう反論がどうしても湧いてしまう。”自分の恋人の意思が弱いから悪い”とかそういう事では無く、その生き方を望まない人を巻き込んだ事に関しては謝罪するべきではないのか?開き直られてはたまったものでは無い。と。

これは感情論だ。そんな事は理解している。

私は合理的な考えは時に原始的だと感じる事がある。ホリエモンの言う事はきっと人生の営み、生物の目的として正しいのかもしれない。しかし、人という生き物は感情を持つ事を選択し、ルールを設けた。ただ自由に生きて誰とでも子供を作るのであれば、それはこの世の生物が行ってくれている。

ならば私は出来るだけ、人間である事に意味を感じたい。生涯の”一人”を見つけたいと願う。

それはそんなにおかしな事だろうか?

読者に勘違いしないで欲しいのだけど、私が彼をリスペクトしているからといって全てに納得している訳では無い。”間違っている”と思う事はたとえ合理性が無くても全てを譲る必要は無いんだと私は考えている。いや、今回に関しては間違っているというよりもその考え方は悲しいと言いたいのかもしれない。

また、相手の意見を聞かないというのも違う。全てを聞いた上で選択するのはあくまでも自分だという話。

捨て本の”内容”について語る。

自分の流れには逆らわない。

別の著書でホリエモンは、私達の人生は川を流れているイメージだと語っていた。

ラッコの様に水面に浮かんでいて、水の流れに逆らう事は無い。そこにたまたま流れて来たチャンスと言う果実を掴んで「おいしい!」「まずい!」「甘い!」「苦い!」を好んで選択しているだけだと言う。

そこで泳ぐのに必死な人は、そのチャンスと言う果実に気付くことができず溺れていく。もしも行き先が滝で、自分がそこに落ちてしまいそうな時はもがいても仕方が無いから、滝の向こうに思いを馳せるのだという。

堕ちた底にもしかしたら財宝が眠っているかもしれないし、全く別の景色に出会えるかもしれない。

これは周りの流れではなく、自分の流れの話だ。皆それぞれの川を流れていく。自分の運命に逆らわずに流れていけばいずれ海にたどり着く。私はこの考え方をとても好ましいと思った。

だから流れない様にしがみつくのはバカらしいと思えた。

次の日、会社に辞表を提出していた。

持ち物が多いと溺れてしまう。

上記の話に続くのだが、ホリエモンは何かを行う際に気を付けているのは執着しない事を心掛けていたそうだ。流れにのっている時に果実を全て集めてしまうと溺れる可能性が高くなるし、急に迫った危険を回避できなくなる。

どんな正論を言われようと私の人生だ。

ホリエモンは東京大学を中退している。それも、4年も通った上に。周囲は、特に彼の父親は猛反対をしたそうだが、彼は実行したそうだ。

私も昔、臨床心理士の学校を受ける友人に向かって彼の父親の様に説得しようとした事がある。

今にして思えば、余計なお世話だったのかもしれない。彼の人生だ。

「もったいない」と思うのはいつも周囲の人間だ。

でもやっぱり、私が親なら引き止めてしまうかもしれませんねw余計な老婆心で。

捨てる痛みはゼロには出来ない。しかし、痛みを感じない程忙しく生きる事は出来る

友達の基準は”話が合う事”だ。

過ごした時間や友情に思入れがあって捨てられないというのは理解できる。しかし気をつかったり、つまらないと感じる人と仲良くする意味はあるのだろうか?

僕は迷わず切り捨てる。

これから出会う友人は価値観も近くて面白い人かもしれない。その人と関係を築いていけばいいだけの話だ

時間が経てば人は変わる。

子供が出来れば自由に生きている人に対して厳しくなるし、自由に生きていれば家庭を持った人と合わなくなるのは当然の話です。

敢えて関係を切る必要はありませんが、無理して続ける意味もありません。

ホリエモンは昔を懐かしむ友達は必要ないと本書で話しています。いま大事にしている友達に縛られていないか?をよく考えてみるのが良いかもしれませんね。そう読者に問いかけています。

私は久々にあってもいつもみたいに話せる人が、いわゆる親友だったり、友人の定義なのかな?と思ったりします。何かとんでもないコトが起きても「アイツだったらやりかねないなw」と笑って話せるのがやっぱり望ましいと思いますよね。

ちょっとホリエモンさんは極端な気がしないでもありませんが(笑)

まとめ

自分の意見を言えば世間からのけ者にされます。ですがそれがどうしたというのでしょうか?貴方が死にかけた時に見舞いに来てくれる人は一体どの位いますか?無償でお金を提供してくれる人どの程度いますか?

世間は皆、自分しか見えていません。しかし、貴方の傍に居てくれる人は決して貴方を裏切りません。私はたまに申し訳なくなり「よく俺と友人を続けられるな」と自傷ぎみに友人に問いかける時があります。本当に面倒くさい私ですが友人はこう答えました。

「多分一生、お前の事嫌いになる事は無いと思うよ」

彼の言葉が私の背中を押しました。さすがに上京する事は想像もしてなかったと思いますけど(笑)

プライドが邪魔して身動きが取れません。私もそう。皆そうです。でも譲れないモノはきっとあるし、裏切れない人も居ます。

この捨て本はそんな私の大事なモノを今一度思いださせてくれる本でした。

最後の一行にこんな文があります。

この本は捨てる為の本だ。

ここまで読んでくれた人なら分かっていると思う。さっさとこんな本捨ててしまおう。

さて、私はいずれ億万長者になって親や友人と一緒に海外旅行に行き、外国の友人を持ち、会社を立ち上げ、自分の作品作りに励みます

無理だと思いますか?私も思いますwでも見栄を張ります。

文字をタイピングする度、指が震えています。ただ、宣言するだけでびくびくしています。

でも、期待してくれる人の為に、応援してくれる人の為に、なにより私の為に、

私は”億万長者にならなければいけない”のです。

どうせ夢見るなら行くところまで行ってみよう!

「だから部外者はそこで指をくわえて見ていればいいのだ!」

 

 

 

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