【書評】西野亮廣著書”革命のファンファーレ”内容感想レビュー!

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ついに、ついに買ってきましたよ”革命のファンファーレ”。

西野さんが生放送をする度、視聴者に対して「とにかく革命のファンファーレ読め、話はそれからだ」と話されているのでいつか見ないとなぁ…なんて思っていた訳です。

そんな折に本屋に置いてあるのを見つけ購入した次第です。ではレビュー行きましょう!!

この本は一言で表すのなら、

新時代の生き方を提示してくれる教本のようなもの

ですかね。

私達は今、人生の岐路に立っています。それは”自由に生きる事”に対してどのように向き合うか?という問題です。私は今ブログを書いて、漫画を描いています。それは好きな事を仕事にしたいからですし、これがいつか評価されないだろうか?という自己顕示欲があるからです。

しかし、年齢は28歳。普通に考えれば正気の沙汰ではありません。私は、この生き方を誰にもオススメできません。何故なら責任が持てないからです。

成功するのも失敗するのも自分の責任。そう、自由には常に選択があり、選択には責任がつきまといます。

「定職に就いていれば、公務員になれば将来は安泰」

貴方は幾度となくこんな台詞を聞いたのではないでしょうか?私もよく言われました。「いつまでフラフラしてるの?」「結婚はしないのか?」耳にタコですよね?

最近の情勢により気が付いた人も多いのではないでしょうか?「好きな事をやらないと、副業をやらないと生きていけない」と。自分に価値を見出さないと

人生に意味を持たないと。

仕事に没頭する私達には”価値”が無いと。

革命のファンファーレ”感想”

さて本書はお笑い芸人兼絵本作家であるキングコング西野亮廣が、これまで行ってきた事業を例に挙げ、事業成功への戦術を解説する本です。

つまり”えんとつ街のプペルが何故売れたのか?”や”どんな考えを持っていれば成功者になれるのか?”といった彼なりの理論や作戦について私達に語り掛けています。事業に携わる者だったりクリエイターの方にとってはまさに教本になると思います。

本書は2017年に発売された本ではありますが、現代でも全く劣化する事の無い戦術の数々にきっと貴方は西野亮廣惚れてしまうでしょう。というかまぁ普通に頭いいなぁ…って思うだけなんですけども。

以前当ブログにて紹介した↓

【書評】西野亮廣著書”新世界”は面白い?つまらない?感想レビュー

でも同じように戦術について触れてはいましたが、”新世界”は彼の人生談に近い書き方をされていましたね。この”革命の”ファンファーレは淡々と、分かり易く西野自身が実践した方法と効果が書かれています。なんていうか新世界は”日記”、”革命のファンファーレ”は専門書みたいな感じです。

双方の内容に近い部分は幾つかあります。きっとどちらの著書を目にしてもこれだけは知っといて欲しいという部分は敢えて入れておいたのでしょうね。

特にお金の話なんて生放送でよく語っていますからね。お金=信用みたいな話サロンメンバーなら何度か聞いた事ありますよねw

何かを売る。誰かに提供する。…そんな予定がある人にこそ本書はオススメします。特に私はクリエイターさんに読んで欲しいかもしれません。

皆さんは自分が作っているコンテンツ。私で言えば自分の絵や現在書いているこのブログ。これ(作品)をどうやって”売る”に還元するのか?真剣に考えた事があるでしょうか?

私は最近になって考える様になったので、「宣伝の方法・タグ付け・売り文句」等これまで全く考えてこなかった思考法にまいっています。つまりお金にどう還元するのか?というのは敢えて考えてこなかったのです。

作品を創り上げ、それを公の場に見せるだけで満足していた。貴方もそんな事はありませんでしたか?よくよく考えてみればクオリティの高いものを提供するというのは作品作りの入り口であり、その先にある作品をどう広めていくのか?という問題を解決しなければそのコンテンツは貴方の自己満足になるだけなのです。

後で記述される本書の内容は成功への一つの例です。貴方も同じ様にすればきっと夢は叶うとはとても言えませんが、彼の考え方はインプットしても全く損ではありません。

少なくとも私は、いつか実践したい作戦として頭の片隅へしまっておきました。

まだ全然実践できるレベルでは無かったので。

”革命の”ファンファーレ”内容

勿論ですが全ては書きません。あくまでも私が参考になった所を抜粋しております。だってこれは本書を購入した者の特典ですからね!どうだー、うらやましいだろうー?うらやまーだろ?

…はい。

はじめに ※本書の冒頭文

「やりたい事がみつからない」これを読んでいる貴方もその一人かもしれない。

そんな貴方に対し、大人は”ゆとり世代”だとか”さとり世代”だとか”草食”だとかうんぬんかんぬん。自分達に比べるとまるで能力が低いと言わんばかりだ。

僕より上の世代は”職業に寿命がある”という体験をしてこなかった。だから”職業が”永遠に続く”という論理で話を進める。しかし現代はそんな時代ではない。

少し前までは本屋さんがこれほど潰れると思っていなかった。上の世代は「結局何がやりたいんだ?」と若者を問い詰めるかもしれないが、やりたい事に迷う事はこれからを生き残る為に必要な技術・考えだ。つまり「やりたい事に悩む」というのは生物が生き残ろうとしている本能に近い。

職業そのものがなくなっていく時代に突入していく中で、”副業・転職・兼職”は常識になりつつある。つまりその思考は決して間違いではないという事だ。

貴方は大丈夫。何も間違っちゃいない。

例えばアルバイトを始めてどこか「自分に合わないな…」と思ったとしてそれを我慢して続ける事にどれ程の意味があるのだろうか?

勿論根性はつくのかもしれない。しかし職場の人間を見渡してみて、上司の様子を見て。それが貴方の望んでいる”自分の将来の姿”で無いとするのなら、貴方がそこに居る意味はあるのでしょうか?

一度問いかけてみて欲しい。

私の職場にはパン屋に勤めるのが夢なのに薬局店にて社員を行っている女性が居る。彼女はソムリエの免許を取得しており、夢もはっきりしている。しかし薬剤師の免許を取ったし、辞めようとお持ってそこから5年以上勤めている。

意味が分からない。

よくここで「やむをえない事情があるから」とか「職場の人間への恩」等を口にする人がいますが、それが何?職場の人間は貴方の将来を保証してくれるのか?と私は問いかけたい。

私から言わせれば全ては言い訳であると言える。

「親がいるから」「子供がいるから」。多少動きづらいのは理解できる。その気持ちも大事だと思う。でもそれは結局の所貴方が不幸なのは、貴方が選択した人生と言えないだろうか?

むしろ”夢をかなえられない理由”を周囲(親・子供・職場)のせいにする方が非情に思えるのは私だけなんだろうか?なんか皆、勘違いしている気がする。

以前記事にした著書”嫌われる勇気”にて哲学者は「全てのトラウマは後付け」と書いていたがそれと同じ事だろう。

私達は自分が行動できない事を他人や時代のせいにしている。

それは凄く恰好悪いと思う。

お金を稼ぐな信用を稼げ

僕はタレントとして信用を勝ちとるため、”嘘をつかない事”にした。

グルメ番組出演した際、釣りたての魚を船上で漁師さんがさばいてくれた。他のタレントは「美味しー♪」とコメントしていたが、まずかった。それにまな板も汚い。

Twitterにて「魚は1~2日おいた方がおいしいよ」とコメントする人がいた。僕がそこで嘘をついて「おいしい」と言えばその人たちからの信頼を失っていた訳だ。僕はグルメ番組を全て断った。

僕は番組収録の最中、帰った事がある。

番組のディレクターさんが「今日のファッションは意識高い系ですか?」「プペルの印税、ちゃんとスタッフに分配してますか?」「絵本の値段高くないですか?」等、そんな言葉の数々をぶつけてきたからだ。

やりたい事は分かる。他のテレビ番組で行っている”イジり”をしたかったのだろう。でも僕はそのディレクターさんと信頼関係を築いていない。あれではただの”イジメ”だ。

関係を築いていない後輩芸人を呼び出して急にパンツを脱がせる。「おいおい、せっかくイジってやってんだからちゃんとリアクションしろよ!」と言う先輩芸人。これはイジメだ。

当然。これにより僕は未来永劫、その番組に出演できなくなる。

とある女医さんがとある番組にて「タレントなんだから日常茶飯事な事。西野さんも我満すべきだった」と話されていたが、そもそもその女医さんは「帰る」という選択肢はあったのだろうか?

帰るという選択肢を持たない人間が「私だったら我慢します」と言うのはどうなんだろうか。

ただ帰れないだけだったんじゃないだろうか?

自分に正直に生きるというのは、まぁ…そりゃあ敵を作ります。私自身そんな敵の意見なんかどうでもいいと思うのですがそれらを切り離すのは容易ではありません。

イチローさんは頭一つ抜きんでればもう文句も言われないし、気にならない。と言っていましたが、それが出来ないからそこで苦悩するんですよね。

さて、会社に属す事やテレビ番組の顔になる事はつまり”言いたくない事”や”やりたくない事”をしなければならないという事です。アルバイトにおいても全て本音で話せるのであれば「自分で探しなよ」とか「そんな事聞いても知らんがな」と客に言う…なんて事は出来ませんよね。

でも私は「我慢する事」=「大人の対応」という考えは間違っていると思います。特に理不尽な事に対しては自分の意見を述べるべきだと思っています。勿論、感情的にならずに。

よくよく考えて自分にメリットが無いと感じたのであれば西野さんみたいに帰ればいい。そんな事でストレスを募らせるよりも自分がやりたい事を続ける事の方が有意義です。

その作品を守る為に「著作権」は本当に必要か?

「えんとつ街のプペル」僕はこれを無料公開、挙句の果てに著作権を放棄している。失礼、著作権をなぁなぁにしている。

例えばどこぞのおばちゃんが「ウチの劇団で”プペルの劇”をやりたい」と言えばどうぞどうぞ。クリアファイルを作りたいと言われれば、「売り上げの何パーセントよこせ」とも言わない。どうしてか?

目的は何かを考えた時に著作権は必要ないからだ。

僕の目的はお金持ちになる事では無く、”えんとつ街のプペル”を一人でも多くの人に届ける事にある。

著作権をフリーにすればどこかの誰かが勝手にグッズを作り、勝手に演劇を行い、勝手に”プペル”を宣伝してくれる。

こんなにありがたい話は無い。

演劇でプペルを知った一部の人間が絵本を購入する。それで良いと僕は思っている。

お金は大事です。何かを成し遂げる為に必要なツールの一つですから。お金が無ければ大事な人に会いに行けませんし、自分の生活さえ続けられません。

しかしあくまでも道具であるという事も忘れてはいけません。

また著作権には”自分の作品を守る”という意味もあります。しかし、守るという事は一部の人にしか触れる機会が無くなるという事なので果たしてどれほどの効果があるのでしょうね。

もう一度考えてみた方が良いかもしれません。

努力量が足りない努力・誤った努力は努力ではない

プペルの舞台は”えんとつ街”だ。

まず初めにそこを考えた後、「どんな人が住んでいるのか?」「どんな物語にすればいいのか?」を考えた。僕はえんとつだらけの街を表現する為に横長の絵を見せたかったのだけど絵本は正方形である。何故か?

インスタ映えを気にしたからだ。

ホリエモンこと堀江さんと対談した際にもインスタの話になった。この革命のファンファーレの題字もいわゆるインスタ映えを狙っている。

堀江さんの書籍”多動力”は1ページ丸まるを使って2~3行の見出しをでかでかと書いている。書籍の担当編集者である箕輪さんに話を伺うと「本の中に撮影スポットを作った」と話している。

何が言いたいか?…皆、この本を買って写真を撮り、Twitterに感想を書きなさい。という話です。

絵本「えんとつ街のプペル」にはラストページに映画みたいにスタッフのクレジットが記載されている。しかしそれはweb上で無料公開したプペルでは行わなかった。

「西野は手柄を一人占めしようとしている」そんな声があがったのだけど、スタッフの名前が売れるよりも本が売れる方がスタッフに還元される利益が増える。

コカ・コーラのCMでスタッフクレジットが記載されているのを見た事があるだろうか?それは宣伝効果が落ちるからだ。

絵本の”プペル”にはキャラクターがインスタグラムのフレームを持って描かれている。お察しの通り、

Instagramにあげて貰うためだ。

まとめ

まぁ最後に憎い演出をするなぁと思われたでしょうが、これは私が並び替えたものなので実際の本書には中盤辺りに上記の内容が書かれています。つまりここで記載した内容は、

全体の2割程度しか書いていない。

という事ですね。なんという情報量なのだ…!

まぁ私は西野さんのオンラインサロンメンバーなので結構知っている話もありまして、その振り返り的な部分もありましたが、それでも新たに学んだ事も多々ありますのでこの本を購入した意味はあったと断言出来ます。

気になる方は是非読んでみてください!

まぁ著作権の話で思ったのですが、私も本の購入を促して得る収入はそんなに期待していません。ぶっちゃけ広告単価としても書籍は物凄く安いですからね。

Amazon広告で一番高いのはなんだったかな?確か”Amazonビデオ”とかかな?

私としては出来れば皆さんに読んで欲しい本というニュアンスですので、そんな無理やり買わなくてもOKですよ!

今までの記事は何だ。…まぁ実験みたいなものでしたから。全然お金にもなりませんでしたし。

そんな訳で今回は”革命のファンファーレ”でした。是非、読んでみてください!

ありがとうございました★

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