【書評】ひろゆき著書”1%の努力”感想レビューと内容の要約!

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【書評】ひろゆき著書”1%の努力”感想レビューと内容の要約!

以前私はひろゆきさん著書の”凡人道”の感想レビューをさせて頂きました。↓

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この本を読んだ上で言わせて貰うとすれば、あの”凡人道”は

1%の努力の序章みたいな本だったな…」

という印象でした。

”凡人道”が悪い本という意味ではありませんが、自身の体験を交えて話されているので、こちらの方がひろゆきさんの言葉に説得力があり面白いです。私はそう感じました。

1%の努力”感想レビュー”

冒頭の文にあるようにこの本は著者いわく、レールを外れる人生の練習の為、活用する本だと言う。その上で自身が体験した経験則を交えて話されるので説得力がある。また合理的です。

この文章に共感するには自分を俯瞰で見れる事が大前提となるので、固まった思想しか持ちえない人程「納得できない」と腹を立てると思います。私はこれまでに様々な啓発本を読んでいるので「まぁ、そんな考えもあるよね☆」と特に人の考えに対し、腹を立てる事はありません。

いや嘘。腹を立てますが、特に考えを矯正したいとは思わない。が正しいですね。

この本を一言でまとめるのであれば、

”人生に意味など無いのだから好きに生きたら?”

とひろゆきさんが我々を説得する本である。

僕たちは対人関係や社会の思想などに左右されて、”本当に大切なモノは何か?”をいつも見失う。仕事をバリバリ行うのは結構な事だし、社会には有益かもしれない。しかし貴方が今”楽しくない”のであればそれは一体誰の為に行っているのかを一度考えた方が良いと思う。

私は老後の幸せに全く興味がありません。こんな事を言うとまるで”人生をあきらめている”みたいなニュアンスに捉える人がたまにいる。でもよく考えてみて欲しい。老後に楽しみを残す意味は何なのか?そもそも”残す”と考えている時点でその人は今、楽しくないと思っているのだと。

一生楽しいを何故目指さないのか?

そんな人は抱えるものが多すぎている。人生に求めるものが多すぎる。

家庭・労働(評価や報酬)・世間体・趣味など。これらの時間、一定の評価を平等に持っておきたいなんて思うから苦労する。まず自分と言う器に一番”大事な事は何なのか”を当て嵌めた上でそれを基本に生きていく方がはるかに有意義。そう思いませんか?

「子育ては必ず親がしなければいけない」「親の介護は他人に任せられない」

どうして?それは本当にどうしようもない事なのだろうか?

私の姉は若い頃、幼い子供を当時中学生である私に任せて外出していたし、今も週に一度実家に帰り、娘を預けている。これは世間ではひどい親だなぁと思われる。

しかし私は姪の世話代として1000円を貰っていたし、私の親は週に一度孫の顔が見れるので喜んでいるし、姪もおばあちゃんの家でゆったり過ごす事に慣れている。むしろ自分から「行きたい」と言ってくる。誰が困っているというのだろうか?

近所付き合いの評価が気になるから?そんなもの気にしなければいいし、最悪引越せばいい。

「せっかく払ったローンが…」

その家は幸せを得る為に購入したのではないのですか?貴方はローンを払う為に購入したのですか?私はそう問いかけると思います。幸せでないのならすぐに売り払いましょう。手続きがめんどな事等理由は様々あるのでしょうが、やらないという人は、じゃあ文句を言わずにやればいい。

他人の言う幸せにしがみついて苦労すればいい。

これは吐き捨てているのでなく、見捨てているのでなく、貴方が決めた事を俯瞰で説明しているだけです。

苦労している人というのは総じて他人に頼るのが下手すぎると思う。幾らでも改善の余地があるのに「忙しい」と嘆いているのは、偽物の充実感に貴方が騙されているからだ。

適材適所。自分がYouTuberであるなら動画編集に時間をかけているには本末転倒なので撮影だけ行い、編集は他人にまかせるでしょう。子育てが向いていないのであれば、親に預けます。ひどい親ですね。でも幸せです。

もしもそれを出来ない状況にあるとすれば?作業を省略/簡略化して優先すべき作業だけ行い、他はやりません。介護が一番大事なら、家事はやりません。家族にはっきりそう伝えます。私が女性であれば旦那に「介護で疲れているから、家事は手伝えない」と伝えます。その意思を汲んでくれない旦那であれば即行、離婚します。

これでも貴方は時間が無いと言いますか?違います。現状を変えるのが面倒なだけです。何も持たない自分が怖いだけです。

さぁ今話した私の言葉に説得力がありましたか?

本書ではそんな騙されやすい貴方へ向けて書かれているといっても間違いはありません。

この本を読んで貴方も一緒にダメ人間になりましょう!

1%の努力”内容”について語る。

エッグスタンド

貴方の家には”エッグスタンド”というものがあるだろうか?そもそも”エッグスタンド”を知っているだろうか?それはつまり卵を載せる為だけにある器具なのだが、僕はこれが存在する意味が分からなかった。

皿なんて載せられればなんでもいい。エッグスタンドを知らないからといって何も恥ずかしいとは思わない。しかしそう受け取る人がこの世には一定数居る。

幼稚園の頃に受験をした・飛行機に乗る時は常にファーストクラスだ・家にはサッカーが出来る程の土地がある。これは僕にとってのエッグスタンドだ。それを持っていた所で「?、別にいらないなぁ…」そう思う。

比較対象があるから人は幸せになれないとひろゆきさんは言う。よその国で電車が無いとしても、その利便性を知っている私達はその国に行くと「しんどい!」と思うだろうが、彼らにとっては徒歩か自動車が最上級の移動手段なので別につらくない。

女性はよく化粧品を購入するが、私は化粧を終えるまでに必要な化粧品の多さに驚いた。金額は余裕で万を越えるし、時間もかかる。しかし綺麗な女優さんが言う事はいつもこうだ。

「特に変わった事はしていません。●●だけです!」

じゃあ何の為に化粧をしているのか?CMや通販で「私もこれ愛用してます!」という人物が本当に生活で愛用しているのかなんて誰にも分からないし、私は絶対やっていないと思う。

私にとって化粧はエッグスタンドだ。だから一言言わせて欲しい。

「スッピンでも許してくれる男性と恋愛すればいいじゃない」

片手を常に空けておけ

「自分は努力したくない」という人は考えている人だ。「頑張ればなんとかなるかも」と普通の人は思う。しかしこの考え方が危うい。

「幸運の女神の前髪」という話がある。幸運の女神には後ろ髪がついていないから通り過ぎたら捕まえる事は出来ないという事だ。チャンスと言うのは突然やってくる。その時に”頑張ればなんとかなる”精神を持っている人は女神が通っても気が付かない。チャンスというものはいつでも予定を作れる人にのみ与えられる。

忙しい充実しているという意味では無いという事です。私も過去、「とにかく定職に就かなければいけない」と焦っていたのですが、その理由は何故か?と考えた時に”親”だと思いつきました。

「親に迷惑を掛けたくない」、「親に恥をかかせたくない」、「そもそも私が恥ずかしい」など。

そんな理由からとにかく動いてなければいけなかったのでしょう。しかし今は違います。私本位の生き方で、私が決めた事を守りながら、私の為に生きる。生活の不安はありますが、これからどうしようもない状況に陥ったとしても、「なんとかなるでしょ!」そんな心持ちでいます。

片手は常に空けておけ、貴方にはその意味が分かりますか?

世の中は高校生レベルで成り立っている

世の中の大半の仕事は高校生でも出来る。貴方の仕事はどうだろうか?高校生でも出来るという仕事は、この先不景気になると真っ先に切られる仕事だ。

そんな貴方には2つの戦い方がある。それはもっとレベルの高い仕事をするか、自分のポジションを守るか。だ。

例えば誰にでも変わりが務まる仕事がこれにあたる。レジの販売員、在庫の確認、商品の陳列等、これらは資格を持っていなくても習得の速さに差はあるかもしれないが、出来る様になる。

私はTUTAYAにて自動会計が出来ると知った時には、そもそも人件費として店員を雇っている事自体が無駄に感じていました。雇うとしても警備員程度の役割しかありませんよね?

その仕事を続けていく事が出来たとして、次の店長候補に選ばれたとして現在の20代~30代はおそらく逃げ切れません。必ず私達が働いている間にクビを切られる日がくるので今の内に別の仕事へ乗り換えるというのも悪くないと思います。

ラクを追いかけてラクできない矛盾

仮想通貨バブルの前に仮想通貨を買っていた人は、頑張っていない。なんとなく買った物が高く売れたので特に努力はしていない。

何かを成し遂げる時、努力の量や方法に目が向いている事が多い。しかし努力が報われる社会であればもっと優秀な人間が社会に出てくる筈だ。

何故努力をすれば報われる、努力神話があるのだろうか?

それはごく一部の努力で成功した、努力が出来る才能の人物がいるからだ。僕にはない。

努力出来る才能が無いのであれば、抜け道を探すしかない。だから自分にとって努力しなくても結果が出る場所に行くことが重要なのだ。

ひろゆきさんは”環境が大事”だと言う。

その環境にさえいれば自然と努力しなくても机に向かい、特に苦に思わない程度に学習(作業)が出来るそんな環境が望ましい。そう本書で話している。

私も実家に住んでいる頃に、このままでは”なんにもなれないんじゃないか?”という不安を感じた為に上京を選択した。特に夢や憧れがあった訳では無くて、あくまでも自分の為に。

ひろゆきさんの”1%の努力”を読んだ後に腑に落ちた気がした。私はあの時から、

”自分が努力しなくて済む環境を求めていた”のだと。

当時、週に一度の休みに自分の部屋へ姪が来る。姪と話したり、ゲームをする。その時間が苦に思った事は無いが、いつも時間を浪費してしまったなぁ。と感じていた。その日は仕事があった。やりたい事があるなら睡眠時間を削ってでも夢に向かうべき。何が言いたいのかは分かる。でもそれは、私はやりたくない。

私はとても意思の弱い人間なので、とにかく努力してはいけない。そう思ったのです。

まとめ

この本は私の人生の悩みに、何らかの答えを出してくれた本でした。

自分が”不可思議な行動”をとってしまう事ってありませんか?私は多々あります。他の人が言う正論は大事ですよね。そっちの方が安全だし、効率が良いし、誰にも怒られません。きっと正解なのでしょうが、私はそれに応える事が出来ないのです。皆さんが思う安定な暮らしに私は全く興味が無いのです。

私は次の日に”宇宙に行ける権利をあげよう!”と言われれば即決する自信があります。まぁ勿論ちゃんと計画が練られていたり、信用に足りる人物の提案である事が前提ですが、私は飛び込む事が出来ます。

自分にとって何らかのメリット。それは感情でも良いのですが、「面白い!」と思えば飛び込んでみたくなります。一か八かというやつですね。しかしこれには破滅主義な側面もあるので私は自分の判断を他人に相談するようにしています。それでも大抵、答えは変わらないのですけど。

気が付けばお金になっていた。それが私の理想なのかなぁなんて漠然と考えています。私の友人は漫画を一日中描いていますが、それを努力と認識していません。あくまでも”楽しいから行っている”と話します。

私もこのブログ1記事書くのに2~4時間はかかります。しかし特に苦ではありません。むしろアルバイト中の暇な時間がとんでもなく苦痛です。お金を貰っているというのになんだかよくわからない事になっていますよね。

自分で仕事は探すんだよ!と思われるでしょうが、興味が湧かない事に関しては私達はポンコツになりますのであらかじめご了承下さい。

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