平野が。西野亮廣著書のエッセイ本、『ゴミ人間』を読んで。感想

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12月26日に『えんとつ町のプペル』を観にいきました。感想はまた書かせて頂こうかと思います。一言申し上げますと、映画。面白かったです。

さて。

私はその映画を観終わった際、書店にて西野さんが描かれた著書・エッセイ本である『ゴミ人間~日本中から笑われた夢がある~』を購入致しました。映画を観てから購入を検討していた訳では無く、そもそも買うつもりだったんですけどね(笑)

#早めに予約していれば西野さんのサイン入り本が手に入ったろうに…(´;ω;`)

エッセイ本と言う事で本書には西野さんの様々な時代における本人の感想がつづられており、これまで何をしてきたのか、彼が何を思って作品づくりに挑んだのか知りたい人にはとても良い本だと思います。

また西野さん曰く”挑戦者(弱者)に寄り添う本”という事なので現在夢を真剣に追いかけている人や追いかけたいけど自信がもてない人には刺さる著書なのでは無いでしょうか。

正直な所私は帰りのバスの中で本書を読み、2・3度泣いてしまいましたw

…私もずっと漠然とした何かを叶えたくて、挑戦したくて生きているんだなぁと。

皆さんはどうですか。

平野が。ゴミ人間の感想を語る

もはや私は西野さんの活動にどっぷり参加している身なので、おそらく客観的に観るというのは難しいと思います。なのでただ思った事を書くだけ、なのでご了承下さい。

『最後の手紙』に救われた私が居ます

私には夢があります。

しかしそれは具体的なモノでは無く、漠然としていて雲を掴むような話だったりします。また、年齢もだんだん高くなってきており、周囲からは「まだそんな事を言っているのか?」とか「そろそろ落ち着いたら?」と諭される事も多くなりました。

世間は私が『子供で居る事』を許してはくれません。当たり前、なんですけど。

本書のラストには西野さんから、私達挑戦者へあてられた『手紙』が書いてあります。その文章はまるで私の気持ちを代弁している様な、彼自身が学んだ事・思っていた事を吐露している様な文章で、強く私の胸に突き刺さりました。

私の涙はいったいなぜこぼれたのか?私にも分かりません。辛かったのでしょうか。

夢を追う人間を観る度、日に日に「辛い」と思うようになりました。彼等は若くて、眩しくて、強い。それは見た目の話でなく、内面の話。

その光に当てられて今にも消えそうな自分が居ます。物事の影だけを観て、理解した気になっている私が。

考えすぎて頭でっかちの私はもはや、彼らの発信するコンテンツに一切笑えなくなりました。「きっと面白い事を言っているんだろうな」なんてどこか傍観者の立場になりつつあります。

どうにかここで、この場所で、留まる様に努めなくてはもう世間から排除される。そんな気持ちで毎日を生きている。…そんな私が、この6畳の部屋に住んでいるのです。

諦めたくはありません、私はまだ生きているんだから。

自分と西野さんが出会った人々を照らし合わせて

「悪口ってこの世に必要あるか?」

最近友人から言われた言葉です。私は自分では理解していませんでしたが、どうやら仲が良い間柄の人間と接する程、言葉に棘が出たり、一言余計な事を言ってしまう所があります。

友人は私の事をとやかくいうタイプでは無く、基本的には私がどう思っていようが自分の意見を述べる事はそれほどありません。

そんな友人が先日、せきを切ったように『私について』話を始めました。

「血は争えませんね」

これは実際に私が言った言葉です。

話の内容は確か、恋愛について。特に浮気について話していた際の事ですが、私は何故か勝手に容姿が良いと思われる友人や友人の母親に対し毒を吐いてしまいました。

冗談。のつもりだったのでしょうか?正直、私にも分かりません。何が面白いと思ったのでしょうか?特に覚えていません。

ただ会話を盛り上げよう。盛り上げようとしてトーク番組の司会者の様にぺらぺらとふざけすぎたのは覚えています。挙句の果てに彼の母親から注意され一度ハッとするも、その日の私は常にふざけていました。

親しき中にも礼儀ありということわざがありますが、全くその通りです。

むしろ最も大切にしなければならない相手ほど、気をつけた方が良いと思います。

「悪口って必要あるか?」当時の私はそう聞かれ、「じゃあ意見を隠して接しろって事か?それじゃあ本心で付き合えないだろ」なんて思っていましたが、やっぱりなんでもかんでも話すというのも悪かったかなと反省しています。

それが普段の会話から無意識にこぼれ始めているのだから、私はきっと末期の段階にあるのでしょう。

最低の人間ではありませんが、次第に誰も私を観てくれなくなるのだろうとその時思いました。

本書に登場する西野さんが出会った人々で印象に残っているのは『立川志の輪師匠』と『ノンちゃん』の話です。

私はずっと人生に負い目があります。特にノンちゃんの様に志半ばで生涯を終えた人を見える度、そんな人が命を終え、私が生きている事について、です。

これは危険な考えであり、ひどく自己中心的だなと自分でも理解しております。自分の人生なのだからそんな風に考える必要も無いだろう。…そういう意見も理解できるのですが、耳に入ってきません。

今の私は自分の命が譲渡できるのなら、すぐに手放すと思います。とんだ親不孝ものです。

その位きっと病んでいるのでしょう。

申し訳ない。何が?

ノンちゃんに。西野さんに。友人に。家族に。私に関わる全ての人に。

#私に。

この世界に生きていていいのか?その判断は自分で行うものではありませんし、ましてや他人が決めるものでもありません。

また人生の意味も私が決める物なので、どこまで突き詰めても解答は得られません。

志の輪師匠は映画『えんとつ町のプペル』にてブルーノ(主人公の父親)の声を当てています。それは西野亮廣さん本人がかねてから願っていた事でした。本書には西野さんが直接志の輪師匠に声優をお願いする部分が書かれています。

私は本書を読みながら「結構師匠からきつい事を言われたのだろうか?」なんて思いながら読み進めていましたが、志の輪師匠はこう答えてくれました。

僕は西野君よりもずっと先輩だから、アフレコの現場にて気を遣ってしまう部分もあるかもしれません。だけど、『えんとつ町のプぺル』はキミとキミの挑戦を支えてくれた方が何年も大切に育ててきた作品です。

僕の声が至らなかったら、君の納得がいくまで何度でもやり直してください。

※本編から抜粋、一部要約。

あなたの頑張りを見ている人は見ているし、理解できる人は理解している。

私はまたこの文章を書きながら、泣いてしまうのでした。

おまけ:払えなくなったクレジットカード

最近西野さんのサロンからメールが届きました。どうやらサロンの支払いが滞っている様で、まだ口座から支払いがされていないという旨のメールの様です。

これだけ西野さんの活動にどっぷりはまっておきながらしてないんかい!と思われるでしょうが、いやいや、するする。その…最近クレカで大きな買い物をしたのでホラね。あの今月の限度額がさぁ…。

#いや、その、なんとかします。

まとめ

いっつもね。

これ感想じゃなくね?なんて自分でも思います。

感想というのはもう少しこう、本書の構成やら内容の豊さやらについて語るべきですよね。

まるで私のエッセイ本になりつつあるブログ記事に私自身、困っております。

#読みづらくてゴメン!!

最近デスクトップPCを購入しました。それは20万以上する私にとって大きな買い物です。2年ローンですよ2年。

「20万程度も払えないのかよ!」…そーなんです。働いているのにね。

現在Vtuber(バーチャルのユーチューバー)について勉強中です。今後は編集やら生放送やら企画やらと色々な事を学んでいかなければなりません。

かなり遅れたスタートであるという事も理解しております。Vtuberはもう、多種多様にいますから。

それでも私は私自身を知って欲しくて、もがいている訳なんです。

これまでにやってこなかったことは何か?を私なりに考えてみた所。面白く無いと思った企画でも色々本気でやってみるという所かなって思いました。

素人の需要なんか常にありません。なので当たらなければそれはそれ、これはこれ。

死んでも良いと思ってんなら、死ぬ気でやりなさい。

そう思うようになったんですよ。やっと。

#本書を読んでから。

 

 

 

 

 

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