【書評】西野亮廣・堀江貴文著書“バカとは付き合うな”感想

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本書はまず目を覚さなければいけない方へ読んで頂きたい1作です。目を覚ますというのは著書の人生に憧れる方に限りますが。

何が正しいのか?はさておきやりたい事があったり現状に退屈している方には突き刺さるんじゃないか?と思います。例えば、

・周囲に縛られて自由に動けない方

・今の人生に退屈している、もしくは我慢している方

・やりたい事が見つからない方

・西野、堀江の人生に憧れている方

上記の内で当てはまる項目がある方には是非読んでいただきたいと思います。

バカと銘打っているので本書は手に取りにくく多少の不快感があるかもしれません。しかし冷静に考えてみると確かに!と思う事もあると思います。まずは人の考えを知る事が自分を知る第一歩です。

そろそろ貴方も幸せになってみたら、いかがでしょうか?

バカとつき合うな“所見”

非情な選択というのは側から見ているとどこか機械的で、冷酷に感じます。本書の中では“善の押し付け”について書かれていて、「それはただの自己満足なんじゃないの?」というお話ですね。

例えば”被災地に千羽鶴を送る”というのは実は迷惑な行動です。気持ちは有り難いですが方向性が間違っています。冷静に考えてみると自分が被災したとして、千羽鶴が自宅に大量に送られて来たとする。それって正直迷惑ですよね?どう処理すればいいのか?捨てるっていうのはどうなのか?

しかもはっきりと「迷惑なので送らないで下さい」とも言えない品です。そんな事言ってしまえば非難がくるでしょうし、余計な仕事や負担も増えます。

千羽鶴を送る位なら色紙の方が良いし、色紙よりも生活用品の方が良い。というか現地の方に不足している物資と必要な労働者の数を聞いて“必要な分だけ送る”が正解です。

「良いことしたわー」と貴方が思っていても誰も救われない。余計な事をする位なら黙っている方が迷惑になりません。

本書で様々な“バカ”が登場しますが、この“良い事をしているのだから間違いは無い”と考える方がもっとも面倒です。間違いない(と思っている)ので忠告を聞いてくれませんし、方法を変えようともしません。それ程”善(良い行い)”の力は強いのです。

こういった世間的には発言しにくい事から、私達の日常の中で現れる”頭の悪い行い”に対し、お二方がズバズバ斬っていきます。またその上でどうするべきか?を書いています。

私は以前マナーについてMENTAの講師に注意されました。要約すると「会話の前、後にあいさつをしましょう」、「質問は具体性を持って聞きましょう」、「まずは自分で考えてから行動しましょう」等です。

大人の皆さんであれば耳にタコの話でしょうし、若い方もよく親や先生から何度か言われた事もあるのではないでしょうか?まぁ、何となく正しい事の様に思えます。

しかし堀江さんはこの礼儀作法・マナーさえバカの行動であると本書で語っています。頭の良い人間は端的に要約してメールのやりとりをします。つまり、

「お世話になります。〇〇会社の田中です。

先日お話にあった〇〇の件ですが、どこどこの不具合によりだれだれの対応が遅れました。了解しました。今後は気をつけます。返信が遅れまして大変申し訳ありません」

ではなく、

「先日の件、了解しました」

という様に相手に伝われば一言で十分なのです。私もこの話は凄く納得していて、そのMENTAさんに「成功している人は皆、ちゃんとしている」的な発言をされたのですが「めんどくせぇなコイツ」と思ってしまいました。どちらが正しいかは読者にお任せします。

私が卒業した専門学校でもまず礼儀について教えていました。そりゃあ社会人になるのであれば必須スキルかもしれませんが、それは”専門学校”で学ぶものですか?というのは今でも思っています。

貴方(教えてくれる人)に期待しているのは専門のスキルであり、消費者は礼儀作法を学ぶ為にお金を払っている訳ではありません。MENTAさんとのやりとりで礼儀について反省はしましたが、専門スキルについても、「まずは自分で調べてから質問しましょう」等もったいぶった返答に我慢が出来ず解約してしました。

私は根性がありませんか?

しかし、専門の方であるなら生徒が収入を得る為・仕事にする為に一番楽で確実な方法を提示するべきですし、お金を貰っているのであれば「こんな道具を用いて勉強します」「こんな方法でこれ位の収入を得ています」とまず手の内を見せるべきでは無いでしょうか?

お金を払っているから偉い。のではなく、求めている事に対し相応の報酬を渡す義務があるという話。

私がプログラマーだったとして「面接をするのでアドバイスはありますか?」という質問があったら、礼儀作法について教えてくれればよいと思います。

よく「見て覚えろ」みたいな手法を取られる方がいますが、私は自分で学んでも分からないからお金を払って学んでいるのです。正直な話、「これ自分でやってるの変わらないじゃん」と思った辺りからお断りしようと判断しました。

そもそも私はお金を払っている側。偉そうにするのは駄目だと思いますが、「本当に役に立つ先生なのか?」は値踏みしなければいけません。これをずるずると「良い人そうだし、もう少し続けてみよう」とか「数カ月で解約するのは根性が無いなぁ」と思うのは間違いだと思います。

シンプルに考えましょう、

賭ける金額と時間が価値に見合っているか?

この場合、バカだったのは私です。

このままいけばずるずると毎月2万5000円を浪費し、生活は困窮。必然的に仕事量を増やさねば生きていけませんし、自由に動く時間もありません。

きっかけは友人の一言でした。

「お前、騙されているんじゃないのか?」私はその時、すぐそれを否定しました。しかしその理由は、「いや、悪い人じゃなさそうだし…」という曖昧な理由です。

そこからようやく”客観的に”を原則として、友人と共に現状を見つめ返していきました。ちなみに私が学んでいたのはブログについてです。

・3カ月間授業を受けたが成果は現れていない。⇒来場者数平均10人を切る。収入8円程度(多分友人がクリックした広告料のみ)。

・講師の先生が運営しているブログ自体の更新が止まっており、検索しても出てこない。

・本来授業料2万円の所、+恋愛相談(出会い系アプリを用いる)も行っているとの事で+5000円を取られる。⇒もったいなので一応聞いておこうとするも「これはまたまとめて記事にします。ちょっと待って下さい」と質問をかわされる。

・授業は質問形式なので、こちらからアプローチをしなければ講師の先生はほぼノータッチ。⇒私が的確な質問をしないと「こんなアプリがあります。ブログ運営に活用して下さい」と教えてくれないので作業が滞る。※私は既に自分で調べてそのアプリを知っていた。最初から教えてくれればもっと早いペースで更新出来たであろうに。

・頻繁に「〇〇のやり方はブログに動画(YouTube)があるのでそちらで確認してください」と促される。⇒動画は15分位。素人が行っているのでテンポが悪く、見る気が起きない。※それでも覚えようと動画を作業中毎日垂れ流していたがしんどくなり断念。

上記の現状を踏まえ、これ以上続ける意味は無い。と判断しました。後悔は多少残っていますが、「あのまま続けてもなぁ…」とも思っているので仕方が無い事です。

上記の件は、本書で言えば”努力の方向性を間違っているバカ”に該当するお話でしたね。

まとめ

私が言いたいのは

”バカは自分の行動がバカだという事に気が付かない”

という話です。物凄く一途で盲目なんですね。それは凄い力を発揮しますが向かう方向を間違えると徒労に終わります。

頭が良い”とは遺伝子構造とか才能では無くて、知識を蓄えているという事です。つまり”正しいか否か?”の判断が出来る程パターンを知っているし、経験を積んでいるという事なんですね。

なのでいわゆる「自分がバカ(知識不足)である」と認識している人は沢山の頭が良い人と思われる人物の話を聞いてみましょう。その中で納得できる答えを選択すれば良いのです。ただ出来れば感情論みたいなものは選ばない様に気を付けて欲しい所です★

今回はそんなバカである貴方(私を含む)にご教授してくれる著書でした。

ここに書いてあることが全て正しいとは言いませんが、数ある選択しの一つとして理解しておきましょう。私からのそんな提案でした。

でも本当に本書で書かかれている”バカ”に苦しんでいる人の多い事多い事。それを回避すれば生きやすいと本能で理解しているのに不平不満を溢してこの世を生きています。

そんな人を見ると私は「もっと楽に生きてみたら?」と言いたくなります。辛い事がある分、私達は幸せにならなくてはいけません。

だからレジの会計を少しミスった位で怒らないでね。

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