介護に携わる上で最も”辛いのは誰”なのか?元介護士が考える

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私は思案する事が趣味みたいな所があるので他人から見ればどうでも良い事を一日中考えていたりします。今回はいつもと趣旨を変えてこういう抽象的なモノを考えていこうと思います。

利用者様が最も辛い?それとも家族?

まず皆さんが浮かべたのは”利用者”か”家族”だと思います。具体的に考えてみましょう。

利用者本人の自覚

認知症の症状に、最初に気づくのは本人です。 もの忘れによる失敗や、今まで苦もなくやっていた家事や仕事がうまくいかなくなる等々のことが徐々に多くなり、何となくおかしいと感じ始めます。 とくに、認知症特有の言われても思い出せないもの忘れが重なると、多くの人は何かが起こっているという不安を感じ始めます。やがて本人を含め、周囲の人間から病の可能性を認識します。

本人が認知症を認識したとして、徐々に自分が出来ない事が増えていく事に苛立ちを感じます。家族と衝突する事も増えてくるでしょう。家族にとって当たり前の事が本人にも自覚があるのに出来ないのですから。また今後の迷惑を考えると「この世から消え去りたい」と考えるのもごく自然の流れだと思います。大人になればなる程誰かを頼る事が難しくなり、出来るだけ自分の領域で過ごしたいと願うものですから。。

認知症の”デメリット”を考えてみる

認知症には”費用”・”精神”・”体力”面の負担”があると考えられます。

★費用面の負担

老人ホームで生活するためには施設介護サービス費・居住費・食費・個人で使用するティッシュペーパーや歯ブラシなどの日用品の購入費など、さまざまな費用がかかります。施設により額に変動はありますが、施設介護サービス自己保険負担額・居住費・食費等で月平均14万程を支払い続けるのはなかなか難しい事でしょう。

★精神面の負担

認知症になるというのは”本人”や”家族”も精神的に辛いものです。私の母は温厚な性格でしたが、認知症の祖母と話すときは常に怒っていました。息子である私が手伝えば良かったのですが、母自体が”私が面倒をみなくてはいけない”や”私以外に任せられない”という気持ちがあり、億劫な顔をして手伝う子供達をはなからあてにしていませんでした。では億劫な顔をせずに真摯に手伝えば良かったのかもしれませんが、やはり面倒な顔は出てしまうものです。

祖母は何度注意しても、トイレにティッシュ(水にとけない)を詰まらせることがありましたし、収集癖があったので既に腐っている物をずっとベットに隠したりしていました。それが母には気に食わなかったのでしょう。元気な頃を知っているので尚更腹を立てたのだと思います。

利用者本人は怒られる度、”どれだけ自分はこの世に不必要なのか”を自覚するので、どうしても死について考えてしまい、更に認知症が進みます。

★体力面の負担

いくら痩せて来たといっても”人一人”なので、腕力の無い女性では車への移乗でさえ困難です。かといって車椅子を利用すればどんどん筋力は衰え、出来る事が少なくなり家族への負担が増えます。★むしろ太る利用者様もおられます。女性の介護士、特に高齢の方は体力的にしんどいので正直な話利用者に対し、敬遠気味になります。

認知症の”メリット”を考えてみる

 

正直に言うと”病にならない事”が一番ですのでメリットは無いと思いますが、無理やりでも考えてみましょう。

気持ちを引きずらないというのは良い部分かもしれません。よく認知症になるのは”死への恐怖に対処する為”と聞きます。また認知症になる方には教師や公務員等が多いという話を聞きます。もしかすると社会から必要が無くなるというのも一つの恐怖かもしれません。その不安から逃れる為に病になるのであれば、本末転倒な気がしないでもないですが。

家族が結束できるというのは良い部分かもしれません。自分の親や親せきに問題があればおのずと互いをいたわる様になり、頼る機会も増えるでしょう。勿論例外もあると思いますが、よほど関係性が悪くないのであれば協力せざるを得ないと思います。家族に頼れないのであれば友人を頼るのも良いと思います。話をするだけでも良いと思います。自分一人で抱えているといずれ破裂してしまいます。

私で言うとそうですね…。”祖母自身”が苦しんでいないというのは介助する側からすれば多少の救いになります。勿論祖母が自覚した瞬間は辛いのですが、すぐに切り替えてくれるというのは家族からすれば少し安心できます。

あまりメリットとは思えない感じですが、こういう風にして良い部分を無理やりにでも探すというのは大事だと思います。そうでないといずれ”こんな事をしていて意味があるのか?”と悩むようになります。

介護士は辛い?

家族や本人の苦しみに比べればたいした事は無いのかもしれませんが、当然介護士にも感情はあるので辛い事は沢山あります。とは言ってもあくまでも”仕事”ですのでそこに発生する労力や金銭面は折り合いがつかないのなら辞めれば良い話。なのでそこに介護士の”辛さ”はありません。

私が言っている辛さは”寂しさ”の方が強い事です。入居されて10年~20年以上の長い間、私達は利用者様と過ごします。20代で家を飛び出し、40代で親が認知症と知って施設に預けたとしたら、私達介護士は家族よりも同じ時間を過ごしている事になります。仕事として割り切る事の大事さは心得ているつもりですが、自分の親だったり、祖父・祖母の様に接してしまう事も多々あるでしょう。

いずれ別れが訪れます。自分の親が徐々に弱って言う姿を観るのはとても辛いと思います。介護士はどの様な順序で弱ってくるか分かっていますし、今後何が起きるかを知っているだけで哀しんでいない訳ではありません。

私は”介護士を労われ”と言いたいのでなく、それぞれの立場を尊重しましょう。と言いたいのです。

まとめ

以前ニュースにて介護施設に勤める”利用者”連続殺人犯が言っていた事です。

「生きている意味がない人達、可哀そうだから殺した」

これは要約した文章です。確かに社会的には意味はないかもしれませし、傍から見れば可哀そうだと思います。しかし、それが糧となっている人も少なからずいる訳で、それを他人が判断するのは間違っていると思います。

貴方がこれから利用者(認知症を患った高齢者)の立場になるとしても、「自分はこの世に要らない存在なんだ」と思う必要はありません。そんな事を言い始めると私達人類は地球にとって要らない存在なのですから(笑)

それを判断するのは家族であり、貴方ではありません。もしも家族から「貴方は死ぬべきだ」と言われたのであればそれをしっかりと受け止めるしかありませんが、そんな事をどうどうと言える関係性の家族を作ってしまった貴方や家族の人間性に問題があると思います。

社会的な面目もあり、渋々お金を出しているとしてもやはりどこかで、

”気持ちがあるからお金を払う”んじゃないだろうか?

私はそんな事を考えています。

 

さて、今回は最も辛いのは誰?というテーマでした。最も辛いのは総合的に考えると”家族”であると思います。しかしそこに関係する人達も皆人知れず苦労を味わっているし、利用者を預けっぱなしで全く施設に訪れない家族もおられるので、その場合一番辛いのは”利用者”ですよね。

何が辛いか?を考えるのは当人次第です。施設に顔を見せに行く事が楽しみな家族であったり、利用者の最期を見届ける事に充実感を感じる介護士だったりと、その事自体を苦に思わない方もおられます。

認知症によって貴方の生活は一変するかもしれませんが、あくまでも貴方自身は変わらないと言う事を忘れないでください。変わった様に感じるのであればそれは貴方の意思です。

正直に「母さんが認知症になって生活が苦になっている。だけど、死んでほしくない」と本人に伝えるのも良いかもしれません。しっかりと互いに受け止める事でそれぞれに覚悟が出来ます。

これから辛い事が沢山あるでしょうが、頑張りましょう。出来るだけ頑張らずに、頑張りましょう!

本日はありがとうございました★

 

 

 

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