元介護士が語る。介護を”辞めた理由”とは?

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ついにこの日が来てしまったのか…。なんてだいそれた話では無いんですが、一応この部分についても話しておくべきなのかなぁと思います。しばしお付き合いください。

※これから話す事はあくまでも”私”視点の出来事ですので、「どこもそうなのか?」「介護の世界はやめておこう」と思う必要はありません。もしかして私に運が無かったのかもしれませんし、私自身に堪え性が無かっただけという話です。

”人間関係”の苦悩

私が最もしんどいなぁと思ったのは人間関係でした。特に社長と意見の食い違いでぶつかる事が多々あったので最終的にはそこでのやりとりが最後の背中を押したんだと思います。

社長

社長とは初めから少し苦手な人だなぁと感じていました。私が面接時は社長の娘さん(次期社長)と東ユニット主任(60代女性)さんが対応されていたのでその存在に気が付く事はありませんでした。しかし数日間働いていると人一倍忙しそうに働いている、白髪で薄いグラサンをかけた女性(70代)がおられる事に気が付きました。それが社長でした。

初めに感じた違和感は施設内に掛けられているポスターや暖簾。そこに描かれている絵には問題が無いのですが、書かれている文字がとても気持ち悪かったです。要約すると「母に感謝しなさい」や「最も素晴らしい事は何だろうか?それは人の最期に立ち会う事だ」「介護は素晴らしい仕事」と何やら宗教じみている様な雰囲気が現れており、こういった事をわざわざ壁にかける必要があるのだろうか?と思いました。これを掲げているのは社長の方針だそうなので、考え方があわなそうだなぁとは思っていました。

その後一緒に働く機会も多くなり、多少なりとも社長とぶつかる事もあったのですが、どうにか自分を抑えて仕事をこなしていました。しかし、ある時気が付いた事があります。介護職を体験した方なら分かるかもしれませんが、退職率がかなり高いです。私が通っていた施設はペース配分で言えば1カ月に1名は辞めていたんじゃないか?と思う位の頻度で人員がコロコロ変わっていました。私は何が原因で辞められるのか気になり退職者に話を伺うと、理由の8割が”社長”に原因がありました。

退職者曰く、社長に”愛が無い”。だそうです。

私は東ユニットを1カ月程こなしてから、上の方針で西ユニットに移動しました。さんざん社長から注意を受け、「東ユニットから何を学んだのか?」と問われましたがユニット毎のやり方が全く異なっていたのでそれをこなせと言われても難しかったと思います。同時に双方をこなしていた人がこれまでいなかったのか、同僚に遠慮して言えなかったのかわかりませんが、誰でも腹は立てるのでは無いだろうか?と思います。

ユニット間やスタッフ間の連携がうまくいっておらず、”私が勝手に判断して作業している”と思われたのかもしれません。その都度「変更になった事はノートに書いてますよ」とお伝えするのですが、毎回の様に注意の嵐を受けていました。

勿論新人社員である私が社長に意見するという事は大変失礼であり、大人であるなら節操を持って仕事に挑むべきである事はよく分かっているつもりでした。しかし、”手を触れずに女性利用者を介護する”事なんて出来る人が居るのでしょうか?何を言っているのか分からないと思いますが、私が利様と一緒に廊下を歩いていると社長がすっ飛んできて、「貴方この前も教えたでしょう?」と私に詰め寄り、要約すると先ほどの様な事を言ってきたのです。教えて頂いた利用者様は現在介助している方と対処法が全く異なるというのに一人説明しただけで「教えたでしょう?」と言われても困ります。私はそれほど臨機応変に対処できる人間ではありません。

どうでも良い事でよく注意を受けたり、作業が中断されることがあります。介護の基本としてまず何に対処するべきか?と言われると勿論”利用者様”だと思います。私達介護士は利用者様からお金を頂き、給料としているのですから。しかし社長は介護に関係ない用事を思いだし勝手に抜け出しては近くの自宅に戻ったり、自分一人で作業をすると言い出し、疲弊して仕事を続けられなくなったりします。確かに自分の管理する施設ですし、全ての判断には社長自身が権限を持ちますが、職員の一員として仕事に参加しているのであればちゃんと作業をこなして欲しいというのがいち職員として感じる事です。

社長がかなり高齢である事を理由に、高齢の女性スタッフが擁護されていましたが、であるとするならば仕事はキチンとこなすべきですし、利用者様を危険にさらす状況になる前に辞退するべきだと思います。結局社長の責任になるから良いじゃないか?と思われるかもしれませんが私はそもそも利用者様の安全を願って働いているので、その考えに賛同は出来ません。ですからいつも私から「手伝います」と声をかけるのですが、いつも断られてしまいます。

「ちょっと来て下さい」と社長に声をかけられました。私がとある利用者様の居室に向かうと、社長は閉まっているカーテンを指さし、私に注意します。「今は昼寝の時間であり、本気で眠る訳時では無いのだからカーテンは開けたままにしなさい」との事でした。「どうしてこんな事をしたのか?誰かやってるのを観たのか?」等、物凄い剣幕で詰め寄られたので私は内心「(どうしてここまで怒る必要があるのだろうか?)」と考えていました。私は単純に西日が入るので、利用者様の顔にかかって鬱陶しいだろうなぁと判断し、カーテンを閉めただけなのですが。

「ちょっと来て下さい」と社長に声をかけられました。私はその日夜勤をしており、少々ぼーっとした頭で本日来られた新人に朝行うべき作業を説明していました。本来は朝の勤務である社長の役目なのです。社長は新人に何も説明せず、私の仕事である食器洗いを行っていました。私は新人さんが手持ちぶたさだったので、見かねて説明をしていました。

社長の元へ向かい「何でしょうか?」と話を伺うと、社長は炊飯器に入ってるお米を私に見せて「どうしてこんな事をするの?」と問い詰めます。炊飯器の中には2㎝程のお米の塊が入っており、私は意味を理解するまで数秒かかったのですが「(お米がもったいないと言いたいんだな)」と理解し、「すいません。少量だったので捨ててしまいました」と正直に話しました。

社長はあきれた様な表情を見せ、「残ったお米は炊飯器(他ユニットにある)に戻しなさい」と言われました。ユニット間は離れており、朝方は各ユニットに一人しかいません。その上でわざわざその直径2㎝残ったお米に時間を費やすべきなのか?と思いましたが、「はい、今後はそうします」と回答しました。しかし社長の不満は収まらず「最近の若い子の考え方は云々」「時代が云々」とつらつら独り言なのか説教なのかを語り始めた為思わず私は「社長は何をしてるんですか?」と反撃してしまいました。これが辞めるきっかけの最初だと思います。

日に何度もこんな”どうでも良い事”でぶつかってはそりゃあ疲弊してしまいます。社長に慣れているベテランスタッフは、またいつものが始まったと流していたのですが、私にはどうしても難しかったです。

同僚(女性スタッフ)

介護に勤める男性スタッフは皆優しいと思います。男性に優しさを求める女性であればおススメな物件と言えるでしょう。その場合、給料面は見ないであげてください。

しかし女性スタッフ、特に高齢な女性はとにかく配慮が足りません。「アンタは鈍くさいんじゃけぇ」と利用者様の目の前で言ったり、「臭い!物凄いわ!!」と大声で騒いだりします。私が働いていて最もひどいと思ったのは「…早く他の施設に移ればええ(いい)のに。重くてかなわんわ」と話された方でした。どうしてそんな事が言えるんだろうか?と別の生き物を観ている気持ちでした。

愛が無い…事は無いのかもしれません。その方の言い方であったり、雰囲気であったり。しかし仕事である以上はやはり隠すべき感情だと思います。こういった方が私が知るだけでも3人はいたと思います。

また同僚に対しても陰口を言ったりと目に余るものがありました。自分の有益になるか否かで人を判断している印象があります。全く仕事が出来ないMさん(50代女性)と仕事がテキパキこなせるSさん(40代女性)がおられました。彼女達はご飯を用意する事が仕事であり、私達の作業は資格が必要となるので行う必要はありません。

最初仕事の出来ないMさんに対しての愚痴をぼろくそに言います。その後Mさんが仕事を覚え、Sさんが自分以外の仕事を手伝わない事を知るとSさんに対しての愚痴を言いふらします。私としてはどちらの方もまず自分の仕事はこなせているのだから文句を言う部分なんかない。と思うのですが、どうもお金を貰っている以上は動き続けなければいけないと思われている様です。

この辺は考えが分かれる所ですよね?しかしその方も作業が終われば席について一休みする様子を何度か見かけます。では先ほどの話と異なっているじゃないか?と反論したくなりますよね。

過去に何かがあり、男性介護士に対する偏見の様なものがある様にしか見えません。女性介護士が男性利用者を介助している際は、どれほど近づこうと注意する様子を観た事がありませんが、私を含め、西ユニット主任(40代男性)に対し、社長を含め女性陣の当たりが強いです。

「研修を受ければ私達が言う”接触の危険”について分かる」ととある女性スタッフに言われました。介護の研修にて”必要以上に接しない”、”甘やかさない”という授業は確かに受けましたが、実際問題そこまで過剰に反応する必要は無いと講師の先生は言われていましたのでやはり極端なのでは無いか?という気持ちはぬぐえませんでした。

利用者様

苦手な利用者様も勿論おられます。しかしそれはあくまでも仕事の範疇なのでここでの退職理由にはなりません。私がそれよりもキツかったのは、利用者様が私の事を忘れる事でした。

”認知症”という病は忘れる病気です。その事は勉強しましたし、理解しているつもりです。しかし逆に言えば”私が行っている行為を評価してくれる方は私以外にいない”という事では無いのか?と働いている内にそう思う様になりました。

誰かの評価の為にやっている訳では無かったのですが、利用者様に介助の度感謝を受けるのですが、言ってしまえば”誰でも出来る事なんだよなぁ”と思ってしまいました。誰でも出来るというのは文字通りの意味では無く、私を同じ作業がこなせる方であれば私でなくても良いという話です。

こんな考え方をしてしまっては介護は続けれません。私を唯一留めてくれていた防壁が”利用者様”であったので、その唯一が崩落してしまっては残る意味が無いと思ったのです。これから介護に携わる方は気を付けた方が良いと思います。実際に体験すると物凄い虚無感を感じますので。

”金銭面”の苦悩

情熱があれば生きていける!と意気込んでいた私ですが手取り14万では生きるための資金でさえギリギリとなります。将来結婚を考えているのであれば14万では奥さんと共働きをするしかありません。この最低でも30万以上稼ぐというのはとてもしんどいです。

養育費もそうですが、家賃や生活費・子供を学校に行かせる際にかかる諸々の出費で、自分の人生を泥にまみれさせなければいけません。1日1缶の酒や煙草(私は吸いませんが、皆さんは耐えられるでしょうか?)。

社長ともめた際に「(給料に)納得して入社したのではないのか?」と言われましたが、それは建前であり、納得出来る訳が無いと思います。私の人生至上で最も少ない給料でしたので。加えて私は給料面に納得した等、言っておりません。

”人生観”の苦悩

誰しもが一度は”自分にとっての幸せ”とは何か?を自身に問いかける事があると思います。私は一度声優を目指し、ゲームクリエイターを目指し、漫画家・小説家・画家を目指し、右往左往していました。しかし、普通の幸せだと言われる”就職”、”結婚”、”子ども”等を捨てきれず取り敢えず「定職につかなければ」の精神で自分を摩耗させていました。

18歳から現在の28歳まで私の人生は特に”日の目を見る事”はありません。何かこれまで人生の中で、”大切なモノ”が現れるんだろうと漠然と思っていましたが特に何もありませんでした。介護士を続けていれば何かあるのではないかと思いましたが、これも私が進むべき道では無かった様です。そんな事を思いながら仕事をこなしていました。

まとめ

では結局何が原因だったのか?と言われるとこれまでの人生を真面目に考えてこなかった私に原因があるとしか言えません。これまで話した”言い訳”はそういう方向に持っていきたい私の意思だと思います。本当にあった出来事ではありますが、どう受け取るかは個人次第という話なのです。社長や環境のせいにしても同じ様な局面にどこかでぶつかると思います。

変わらなければいけないのは私でした。

今年の四月から大阪に一人暮らし。何を考えているのか?と問われても分かりません。それを探す為に、一人で生きていく為に、自分に起きる事を人のせいにしない為に私はこの選択をしました。

幸か不幸かコロナという病のお陰で外出する事もかないません。その分考える時間が大いに増えました。今一度自分の人生を見つめなおすきっかけになる様に頑張りたいと思います。

介護を始めたい、それは素晴らしい事です。しかし貴方が誰かの評価を求めて介護を行うのであれば辞めておきましょう。気にしないと意地を張ってもいずれ後悔の波にのまれてしまいます。

人の幸せは様々な形をしています。他人にとって不幸だと思う事でも貴方は幸せを感じる事が出来るかもしれません。どうか妥協だけはしない様にお互いに頑張りましょう。

 

 

 

 

 

 

 

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