【感想】漫画:『亜人』の面白さは狡猾さにある?平野が。最終巻読んで思う事

漫画

久々の更新。色々と将来を見据えながらどうにかクリエイターよりの仕事をしたいと日々奮闘中です。

友人はもう私よりも随分先に進んでしまいました(漫画家として頑張っております)ので、人間としてクリエイターとしてふがいない自分に踏みつぶされそうです。しかし不思議な事に自分を不幸だと思う程、良い作品作りが出来たりもするので”不幸でさえ力に出来る仕事”なんだろうなぁと思っている今日この頃。

現在はAdobeソフトにてアニメ制作を予定していますが難航中。という訳でストレス解消に漫画:亜人の最終回について語らせて頂けたら幸いです。

あ、完全にネタバレありなのでよろしくお願いします。

漫画:亜人の最終巻を見て何を感じたか?

漫画の最終ページには「当初の予定とは異なる内容になったと思われたと思います」と作者コメントが記載されておりました。

確かに。

主人公である永井は利己的で事なかれ主義であり、序盤の彼は自身に悪意を抱いて近づいた者を殺害する事もありました。しかし、物語の終盤ではどこかジャンプ主人公の様に熱い男となっていました様に思います。

「急に人を見捨てなくなったな」とどこかの巻で思ったこともあるかもしれません。

まぁでもそれは同じ年(?)の中野と出会って「そんな考え方もあるのか」と思ったり、無駄な行動と分かっていながら頑張る大人達を見た事により主人公自身の中で形成されてきた価値観というものが定まってきたと考えたらそれほど間違いでも無い様に思います。

私個人としては主人公『永井』の価値観。

“助ける必要も無ければ助けたいとも思わない。

だけど動かなきゃいけない(動いてしまう)時もある”

という思考回路は、何が何でも助けるという主人公よりも共感出来るので好きです。『NA●UTO』や『鬼●の刃』の様に正義の鈍器でゴリ押ししてくるのは少し苦手です。

いや、名作は名作なんでそこは否定しませんよ!私にはあんまり合わなかったという話です(ごめん!)。

その正義の為に人(意思を持つ生物を含む)を殺しているのであれば尚更、そう思うんですよね。

『亜人』の面白さは”狡猾さ”にあると思う。

この作品には頭の良い人間や戦法が多く、亜人と言う幻想の存在をより現実的に理解・創意工夫しようとする姿勢がとても好きです。

例えば海外ドラマ(原作は漫画)の『ウォーキングデッド』は物語序盤で「ウイルスの原因や究明」を諦めています(そもそも考えてない?)。人々は気が付いたら感染しており、何故か死んだら生き返るという認識な訳です。

私はそのウイルスが「どこから発生したものなのか?」「どうすれば完治するのか?」まで調べて欲しいのですが、海外ドラマのウォーキングデッドでは「どうやって生き残るか?」「誰を生かすか?」というポイントを重要視している様に思えます。

※あくまでも私の主観です。

漫画『アイアムヒーロー』もゾンビという存在の明確な説明は無く、物語中盤にて思考に特化したゾンビ(らしき存在)がこういう事なのではないか?と淡々と思考を巡らせるシーンのみでした。

ちなみにアイアムヒーローのゾンビとは、『宇宙人的存在が平和的(自然や建造物に影響を与えず)に地球をのっとる為にウイルス感染させた人間。だった気がします。

そのキャラによると、ですが。

感染すると”共食い”・”精神汚染”の効果があり、最終的にはエヴァの様に一つの肉塊となって全員の嗜好を共有する生物となる様です。また習性として女王蜂の様に王女を作る生物みたいです。

しかし詳細は明言はされてないので、全ては想像でしかないという認識に留まりますが…。

亜人では未知の物質ではあるものの、その起源や性質を調べている研究者が現れたり、その習性を利用して窮地を脱却したり応戦したりとその状況の中で最大限に思考を巡らせている感じが、

私にはたまりません。

『ON●PIECE』も覇気が出てからちょっと嫌でした…。

一番好きなキャラクターは“作中のオッサン”たち。

デザイン性を問えば少し「地味かな?」というのが本音です。でもだからこそ表面的部分よりも内面を見る様になった様な気がします。

中でも仕事に徹底していた要人護衛班のオッサンたちが好きでした。死ぬのは分かっていましたが「金が貰えるから」という理由で淡々と任務をこなし、人を殺害する姿は昔から尊敬していた大人のあるべき姿なのかな?なんて思います。

仕事に情熱は大切ですが、大半は「仕方ない理由」で働いている人ばかりですので。

佐藤(ラスボスの亜人)に首筋を撃たれ「あ、じゃあお先に(逝くわ)」といって倒れた中年男性とか今でも思いだします。その言葉を受けて淡々と返答する仲間もなんか”良い”。

最終巻付近でその護衛班の生き残った一人が再登場するのですが、そんな仕事上のみの付き合いである、“読者的にあんまり仲良くなさそうに見えていたメンバー”の為に仇討ちに向かう姿はグッときてしまいます。

なんだろうなー。漫画の中の『キャラクター』なんですけど彼等がどれだけリアルに「生きているか?」を私は重視しているのかもしれません。

生きるっていうのはつまり”必死感”では無く“右往左往している様”なんですよねー。

わかります?

オチについて。

そんな頭が良い主人公『永井』ですが、最終的には運否天賦に任せて佐藤にタックルし、高所からの落下により意識不明を狙う作戦を用いて佐藤(ラスボスの快楽殺人者)の逃亡をとめました。

ラスボスは収監され、海外にて冷凍保存。また登場する日もあるんじゃないか?と匂わせつつ、物語は終結に向かいます。

主人公たち『亜人』は故人である警察官『戸崎』の計らいにより、新しい名前や住所が与えられ、各々の家族の元にかえります。収監されていた主人公の友人も刑期を終え、より良い人生を歩む努力をしようと歩みを進めました。

中野(主人公と同年齢、相棒的ポジション)は田舎の土建屋に勤務。下村(戸崎の部下、女性警官)は佐藤と共にテロを行った田中と共に仮同棲中(明確な恋愛的要素の描写は無いけど、まぁくっつくのだろう)。

主人公である永井は―。

新しい場所で学生の頃からの夢である医者を目指すのでした。

と決意を中野に表明した所で脇から飛び出してきたトラックに轢かれてラスト。というオチです。

ところでオチ付近の主人公の台詞ですがなんとなく読む前から分かっていましたw。

読者に想像されない様に斬新なアイデアは大切だと思いますが、この主人公であればきっとこう言うであろうというのも私は大切だと思います。

…。

…。

中野「またいつか皆で会おうぜ」

…。

…。

永井「ヤダね」

さてそんなオチでしたがどうでしょうか?私は良かったんじゃないかと思います。

元々主人公は妹を治療する為(というテイで周囲に媚びていた&合理的に成功する為医者を志す)に医者を目指していたのですが、今回の旅にて何故自分が”医者を目指す必要があるのか?”を再度考え直したとのだと思います。その上で懲りずに医者を目指していくというのはスラムダンクの桜木の様に”断固たる決意が出来た”という事なのだと理解しています。

大半の人間は夢という言葉で終わる事もあり、奇跡的な出会いや事件・事故などがなければ決意する事なんてできません。であれば皆、クリエイターや有名人になれるのですから。

作中で『亜人』は人間では無いという扱いをされています。ですが人間らしさとは人生をどう選択するか?何を経験したか?にあると思いますので、ある意味彼らこそ最も『人間らしい』存在だなーなんて思ったりします。

人間の深みとは”物凄いトラウマがある”とか。”どれ程の苦労したか”にあるのではなく、”何を学んだか?”、”成長の為にどんな行動しているか?”に現れるのではないか?と考えています。

なんて…まぁ何も達成していないので、これは独り言みたいなものなんですけど…。

桜井画門さん『亜人』完結お疲れ様でした(拍手)。

今後の作品も楽しみにしております!

記事をご覧いただけた方、ありがとうございます。今後も完結作品について語らせて頂けたら幸いです。

追記:最終巻読み返して見たらここ大事なとこ言うの忘れてた。

私は湧いてきた感情を良い:悪いで蓋をする人が嫌いです。つまり殺人は悪い事ではありますが、やってる側や参加した側からすれば楽しい一面もある事は事実だと思うんです。それを、

「殺人に対し、そんな考えを持つなんて不謹慎だ」

と言うなんてのは、それは人を人として認めていない思考回路なのでは無いか?なんて思います。でもそれを話す彼らが望んでいるのは平和な訳です。

薬中毒になった人を改善や社会復帰する為にはまず「何故、そのような行動に至ったのか?」を知らなくてはいけません。だからこそ彼等の本音を聞き、その様な思考にならない様勤めます。

しかし、問題に蓋をしたり、本音を隠してしまうと原因の根幹から遠ざかる訳です。

『亜人』作中で主人公がラスボスの佐藤(ラスボス)の対し、こんな台詞を吐き出します。私の答えとしてはこれが正解の”一つ”だと思いますし、本音だと思います。

佐藤「(気絶しながら佐藤が)楽しかったね」

永井「わかるよ、これ(作成遂行のための思考や行動。殺人を含む)にはある種の快感がある。」

永井「でも遊びじゃない。回り道する事もあるけど、皆、本気で生きてんだ」

 

永井「フザけてんじゃねえよ」

 

実は皆、自分に出来る限りの事をして生きています。自分では本気を出していないと感じている人も、実はそれが本気でいつも「どうにかならないか?」と日々感じながら社会とバランスを取りながら本気で悩んでいるんです。

成功者の方も、皆が成功してたら成功してない訳なんで、高いビルから見下ろしながら私達一般人に感謝してみてはどうでしょう(笑)

私達でさえ、ホームレスや悪い環境下で生きる人を見て頑張ろうと思う部分がある。これも本音です。

それらを認めた上で「フザけてんじゃねえよ」。と言える主人公は格好いいと思えますし、私が望む主人公像に近いなぁと感じます。

某キャラクターは相手が何を言おうとすぐにブチ切れてましたよね。どんなに理不尽だろうが敵の本音が垣間見れたシーンなのでそこを掘り下げないと敵が理解できません。話を聞く前にそこを否定する。そういう所がいわゆるヒーロー作品の苦手な部分なんです。

はっ!?他作品を批判している。いえ、好みです。他意はありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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